朝
[京都 東寺 / 2012.1.4]
5日目は京都の東寺へ。
ここも高野山同様に、空海による真言宗の寺院。
辺りはまだ暗い朝6時から、東寺御影堂での生身供に参拝。
ここ日本でも毎朝こういう風景があることに心が動かされる。
たまたま隣にいた方に、手書きの『弘法大師和讃』のメモをいただいた。
旅の最後まで出会う人々に親切にしてもらうことになった。
法要が終わり、御影堂の外へ出ると、夜が開け始めていた。
旅の後も、朝のお勤めは続けたいと思った。
高野山案内
[高野山・奥の院 / 2012.1.3]
日中は、壇上伽藍・奥の院などを歩き、日が暮れてからは、寺の宿坊で読書。
滞在4日間ともそれを繰り返した。
読んでいた本は、司馬遼太郎『空海の風景』と松長有慶『密教』。
奥の院の入口付近には、司馬遼太郎による高野山の案内文がある。
短い文章だが、高野山の解説の中では最も心を動かされたもの。
立体マンダラを歩く
[高野山・根本大塔から / 2012.1.2]
高野山の中心的な存在である根本大塔は、立体的なマンダラになっている。胎蔵マンダラを、建築空間と仏像によって構成したものだ。
さて、密教は、机に向かって勉強するものではなく、自らの身体を通じて感得するものらしい。
では自分の身体で、いかにこの根本大塔の立体マンダラを体験してみようか。
自分なりに思いついたのは、
「お堂の中をぐるぐる回る」ということ。
回廊状の構成のお堂は回遊できる。
じっと座って、仏像と対峙するのもいいが、
歩きまわると、立体的なマンダラの構成を、身体で把握できるのだ。
また、柱によって仏像が見え隠れするシークエンスは変化に富み、密教の森を歩くようである。
結局、30周くらいしただろうか。
我ながら、ヒマな人間だとも思う。
が、密教の読書だけではわからない、マンダラの理解になった。
お堂の外へ出ると、夕暮れ時の空。
延々と歩き回って、高揚していたのかもしれない。
ゆっくりとした雲の流れを見て、ほっとした。
摩尼宝塔
[高野山・成福院摩尼宝塔 / 2012.1.1]
高野山の滞在中、壇上伽藍と奥の院へは毎日歩いて通ったが、もう一つ、毎日行った場所がある。
それが成福院の摩尼宝塔。
一階の回廊は美術品の展示がされ、中心に本尊がある構成。
入り口にこの建物の発願者の言葉があり、その考えには感動した。
しかし極めつけは、この地下だった。
塔の地下にも回廊があり、そこは完全な暗闇である。
その回廊沿いに、いくつかの仏像が妖しく鎮座している。
鳥肌が立った。
この場所は、未だに言葉にできない異様さがある。
江戸川乱歩の小説の世界、とでも言ったらいいか。
全くの異域に行く思いがしたが、しかし、「宗教体験」とはこういうものを言うのかもしれない。
毎日、一人で怖さに怯えながら地下へ潜った。
が、その暗闇で、涅槃像らの前で手を合わせている時間は、安らかだった。
密教のいう、宇宙と一体化する、というのもあながち分からないでもない。
そして、仏はここでずっと待ってくれていたんだ、と感じた。
と、コレを読むと、なんともアブナい感じに聞こえるかもしれない。
が、摩尼宝塔での体験は、海外旅行並みにカルチャーショックであった。
高野山は、いろいろな経験をさせてくれる。
甘酒
[高野山 ・奥の院 / 2012.1.1]
宿坊近くの酒屋のオバちゃんと仲良くなり、甘酒のお誘い。
お粥とも思えるようなお米のつぶ感ととろみ。
これが絶品で、今までで一番おいしい甘酒だった。
来年も飲みに来たいくらいだ。
上の写真は、その帰り道にて。
遠くに、白い月。
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